株式会社シナノ精機-新潟県長岡市

顧客満足と技術力を限りなく追求し社会に貢献する

コーヒーブレイク

ベトナム

今週、ヴー・ホン・ナム駐日ベトナム大使が新潟県知事を表敬訪問されたというニュースがありました。

https://www.niikei.jp/16871/

新潟とベトナムの交流拡大について、活発な話し合いがなされたとのことです。
新潟空港とベトナムの直行便も増えそうです。今後、どのような交流が進むか、非常に楽しみです。

新潟県とベトナムは、縁が深いように思います。

長岡市にある長岡化学技術大学の留学生の出身国は、ベトナムが一番で、100人以上の留学生が在籍しています。

https://www.nagaokaut.ac.jp/gakusei/ryugaku_shien/ryugakusuu.html

また、留学生だけでなく、長岡市内の企業に勤めるベトナム人も多く、日本人とベトナム人は見かけが似ているのでわかりませんが、長岡市内には多くのベトナム人がいます。シナノ精機でもベトナム人社員を採用し、当社にとって不可欠の人材となっています。

先般ベトナムに所用で行ってまいりました。大都市だけではなく、田舎にも行き、ベトナムと新潟の風景が似ていることに気が付きました。

風景が似ていることが、ベトナムの方に新潟県に親近感を感じて頂ける理由の一つではないかと思います。

方言と誤解

雪のほとんど無かった冬が過ぎ、長岡はそのまま春に突入しました。ここ数日寒の戻りがありましたが桜の開花ももうすぐです。

春は卒業シーズン。駅では上京する方々を見かけます。長岡弁で郷里を離れた人や、他の土地から来た人のことを旅の人と言うそうです。もっとも、こんな優雅な言葉を使うのは、もうお年寄りだけのようです。人口も減少しているし、送り出す方としては旅の人となった家族に、いつかは帰ってきてほしいところです。

長岡駅には「おかえりなさい こっちはいいろ そろっと帰ってこいて」というポスターが貼ってあります。上京した人にUターンを促すためのものです。

しかし旅の人の私は、これを遠慮しないで一家そろって長岡に遊びに来いや、という意味だと思っていました。夏休みに皆で帰省してお爺さんやおばあさんと両親と子供そろって、冷やしたスイカを食べる風景を思い浮かべましたが、そろっとは、そろそろという意味と後で聞きました。誤解であっても温かい気持ちになるのは、やはりいいコピーです。

しかし、もしかしたら今まで「ソロっとやってください。」と催促されていたのに、「ちょろっとやってください」だと思ってなめていたかもしれません。言い方や言う人によると思いますが。

美味しいをうんめえというのも長岡の方言だそうです。耳で聞く分にはうんめえなんて恐らく方言とすら思いませんが、字面からは「運命」と思ってしまいます。

長岡に「うんめぇろう」という納豆があります。美味いでしょうという意味ですが、私はこれを「運命楼」というメーカーのハイエンドの納豆だと思いました。

運命楼

よく見ればどこにもウンメイとは書いていませんが、旅の人は「越後長岡産大豆100%」に目を奪われ、高級品と考えて勝手にメーカー名を想像したのでした。実際の値段は良心的です。

うんめぇろうは豆の味がする大変美味しい納豆なので、ぜひ皆さんにも食べて頂きたい。障害者施設で作られています。

誤解と言うのはコンテクストが大きく作用するようです。

2019年2月の長岡

先月のブログに、今年は雪が少ないと書きましたが、その後も降ってすぐ溶けるレベルの雪で、積雪がありません。

昨年とほぼ同時期に同じ場所で写真を撮ってみました。

2018vs2019

朝の通勤時ホワイトアウトで心が折れる寸前に、一瞬晴れてカントリーエレベータ(米の貯蔵施設)が現れたときに取った写真です。今年は平和な田舎の風景となりました。

2月中旬にこんなに雪がないのは、長岡生まれの人たちでも記憶がないそうです。地球温暖化でしょうか。除雪にかかわっている方々はこういう場合どうなるのか、気になります。

さて、2月の長岡のニュースをもう一つ。駅前のイトーヨーカドーさんが31年の歴史に幕を閉じ、2月11日に閉店になりました。https://www.niikei.jp/11904/

個人的には前職の時代から、長岡に出張に来て足りなくなった衣類を買ったり、お土産を買ったり、お世話になりました。その時に買ったワイシャツはまだ着ています。とても長持ちするプライベートブランドに感謝です。

閉店の原因は郊外のスーパーなどに客足を奪われたことによる売上げの低迷とのこと。確かに出張で駅付近のホテルに宿泊しているときは、駅前のヨーカドーが便利で毎晩買い物をしたように思います。しかし車で行くと駐車場が離れたとこにあるヨーカドーより、建物内に駐車場のある店に、足が向いてしまいました。

また駅からのアクセスも微妙に悪く、地下道がありますが、地上はぐるりとロータリーを回り横断歩道を2回もわたらなければなりません。駅の改札のある2Fから歩道橋がヨーカドーにつながっていればいいのに、と何度も思いました。

導線は侮れません。

シナノ精機はBtoB企業ですが、お客様が当社にアクセスする導線を大切にしないと、客足はどこかに行ってしまうと肝に銘じました。

この冬の長岡は雨が多く、積雪が少なく、例年に比べ楽な日を過ごしています。

先週大きな雷鳴があったので、ついに大雪到来かと思いましたが大したことはなく、週末の雪も牛丼で言えば並盛程度でした。

日本海側では冬、雪が降る前に雷が鳴ります。金沢では雪が降る前の雷鳴を「ブリ起こし」と呼び、ご馳走を連れて来ると言って喜ぶという話を聞いたことがありました。

が、しかし、私が長岡で初めて経験した冬の雷鳴はそんな情緒のあるものではなく、聞いたことの無い轟音というか破裂音で、北朝鮮の爆撃かと思いました。東京から来た知り合いは、夜半の雷鳴に新幹線の脱線事故が起きたと思ったそうです。私はいまだ冬の雷鳴を聞くとテロか事故による爆発を少し疑います。

調べたところ、都道府県別年間雷日数ランキングは、1位石川県、2位福井県、3位新潟県は、4位は富山県で、北陸が独占しています。そして冬の雷は夏の雷に比べ、威力が100倍以上。冬の方が積乱雲と地上との距離が近く、落雷が少ないので一発の威力が強いとのことでした。静かに忍び寄ってきて、いきなりドーンと落ちるのも日本海側の雷の特徴で、雷は上から下ではなく下から上へ放電するそうです。

良い写真が取れませんでしたので、北陸電力の雷情報ご参考。http://www.rikuden.co.jp/kaminari/tokucho.html

寒ブリの季節になりました。雷は美味しいブリを連れて来てくれますが、ビジネスの現場の雷はいただけません。

 

晩秋

秋も終盤に近付きました。こちらの秋は雨が多いので紅葉を楽しむタイミングが難しいと感じます。そこで日常の中に秋を探してみました。

晩秋の田。夏に刈り取った稲に再度稲穂が実っています。これは稲刈りをするのか気になります。晩秋足元にはキノコが生えていました。食べたら笑いが止まらなくなるでしょうか。
きのこ

近所のヤブに謎の実を発見。野ブドウという実のようです。昔図鑑で見た気がします。野ブドウ

さて秋と言えば、年に一度各家庭にこの葉書が来る季節でもあります。原子力立地給付金

長岡に来るまで、原子力立地給付金制度があることを知りませんでした。長岡が原発からそんなに近いことも。2011年前であれば、臨時収入と思ったかもしれませんが、今はBCPを考える機会と考えています。

北越戊辰戦争伝承館

ついこの間まで暑かったのに、もう10月となりました。
今年は台風や地震など、本当に自然災害の多い年です。被害に遭われた方々に、心よりお見舞い申し上げます。

さて先般、ナビの地図を見て田畑の中にこのような施設を見つけ、早速足を運びました。
北越戊辰戦争伝承館

長岡に来る前は、戊辰戦争といえば、明治維新や会津の白虎隊、長岡藩の河合継之助のドラマ、といったごく薄い知識しかありませんでしたが、長岡の其処彼処に残る歴史の足跡に触れるうちに歴史への興味がわいてきました。
現在の長岡駅付近は、長岡城の本丸だったそうです。二の丸だった駅前の市役所横には長岡城址(現在の市役所)の碑があります。長岡城は戊辰戦争で新政府軍の手に落ちるも、同盟軍が奪還、そして戦いの末陥落しました。

北越戊辰戦争伝承館は長岡城址から数kmのところにあり、周りは農地が広がっています。150年前この周辺は戊辰戦争(北越戦争)の大激戦地でした。長岡藩600余名は、八丁沖(八丁潟)という当時人間が渡ることは不可能といわれた沼地をひそかに渡る奇襲作戦で、新政府軍に奪われた長岡城を奪還します。伝承館のバルコニーからは、この八丁沖を眺めることができます。

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沼は埋め立てられて今は農地ですが、大きな沼を敵に見つからずに渡ってどうやって城に攻め入ったのか、広大な現場を見ると逆に見当もつかず、作戦のすごさを実感できます。今だに弾や薬きょうが出土することもあるそうです。

伝承館にはジオラマがあり、長岡城の落城、奪還、陥落の間の戦いの解説をジオラマを見ながら聞くことができます。また、戦闘に使われた武器、藩兵の名簿や会津入りした兵の日記など、当時の息遣いが聞こえてきそうな展示もあります。
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以前お取引先に「あなたみたいな人は維新の時代に生まれていたら、志士として名を遺したのではないか」という褒め殺しフレーズを使う方がいらっしゃいました。
私も「あなたみたいな人は戊辰戦争の時代に生まれていたら、長岡城を奪還した藩士として名を遺したのではないか」という誉め言葉を使ってみようかと思いました。

先の見えない激動の時代を生きた人々の軌跡、そしてどのように社会が大きく変化していったのか、学ぶべきことがたくさんありました。

長岡花火

近所のスーパーマーケットに行ったら、「長岡大花火音頭」が流れていました。

 
長岡花火が近づくと、長岡市内のスーパーマーケットでは、サブちゃんの長岡大花火音頭が流れます。

花火大会は8月2日・3日なので、まだ気が早いように思いますが、これを聞くと、うわ~上半期が終わってしまった、と焦ります。クリスマスソングが流れて、もうすぐ年末と焦る気持ちと同じです。

長岡花火は元々戦災の慰霊の催しでしたが、今や全国規模の観光イベントになっています。2日間で100万人以上の人出があり、これは長岡市の人口(27万人)の約4倍です。
交通規制等日常生活に与える影響も多大で、地元的にはちょっとした煩わしさも感じますが、やはり一生に一度くらいは見ておく価値があると思います。大迫力の花火は圧巻です。初めて見たとき一番驚いたのは、時間の長さです。5分間くらい、これでもかこれでもかと止まらない大型花火なんて見たことありませんでした。また、花火一つ一つに名前がついていて、会場では打ち上げ前にスポンサー名と共にアナウンスされます。「〇〇株式会社は長岡で皆様と共に(中略)ベスビアス超大型スターマイン、打ち上げ開始でございます。」

長岡大花火

長岡大花火

見物の実際的な話をすれば、長岡花火見物は体力が必要です。ホテルや駅と花火会場の往復に交通機関はありません。車は通行できません。めちゃ混みの蒸し蒸しした道を場合によっては数キロ歩きます。
ビールを片手に花火見物、というのも大概にしておかないと、トイレは長蛇の列、並んでいる間に一番いい花火を見逃してしまうかも。膀胱に余裕が必要です。

子供はある程度大きくなってから連れてきたほうがいいと思います。音が怖くて泣き止まない子もいますし、大抵は途中で飽きてしまいます。また犬を連れていくことは禁止されています。犬にとっては拷問のようなものでしょう。
座席は無料の草むらもありますが、場所取りが必要です。桟敷席などのチケットは早々に売り出されるので、県外からであれば、ツアーに申し込むのが無難かもしれません。
花火が奇麗に見えるかどうかはその日の風に左右されます。花火の煙で花火がよく見えないこともあるし、丁度いい風が吹いて煙が流れれると、見事な花火を見ることができます。

個人的にはかなりの贅沢をしています。といっても高い桟敷チケットを買うのではなく、住宅地やモールのそばなどを歩きながら見ています。なぜ贅沢かといえば、こんな建物のそばで打ちあがっている大花火は他では見れないと思うから。

インドカレー屋と花火
いえ、道端でこんなのを見れるのが贅沢と言って良いでしょう。

なお道端で見る場合はラジオとプログラム(スーパーなどで無料配布)があると便利です。花火名に「超大型」などとついている花火は見ごたえがあります。ラジオでも会場のアナウンスが放送されます。

シナノ精機もいつか花火のスポンサーになれるかな。

この冬の思い出

前回のブログからすっかり間が空いてしまいました。三月も後半に突入、春です。やっと雪が消えて日々の暮らしが楽になりました。

1月の後半から約1か月降り続いた雪は、長岡でも20数年ぶりとのことです。道路の融雪と除雪システムのおかげで社会生活は何とか成り立っていましたが、今回はちょっとした災害レベルの状況でした。毎日の雪かき、道はガタガタ、道幅が狭まってすれ違いも一苦労、朝夕は激しい渋滞。時おりホワイトアウトで立ち往生。物流の乱れで入出荷は予定通りに進まず、調整にも苦労しました。
毎日が長く、1週間が長く、それなのに1か月は嘘のように早く、毎日同じことしかできなかったのであまり記憶がありません。

これがホワイトアウトです!
ホワイトアウト
普通運転しながら写真は撮れませんが、前が見えず立ち往生で写真が取れました。前方にぼんやり木や対向車が見えます。カメラには映りましたが肉眼では見えません。

新潟では晴れの日の幸せのハードルが低いと聞きましたが、本当にその通りです。
通勤中、吹雪が止んでこの景色が見えた時、神に救済されたかのような気持ちになり、頭の中にパッヘルベルのカノンのサビの部分が流れました。
カノン

さて、雪国には雪にまつわる方言があります。
雪片付け 雪かきのことです。重機か何かで大々的に片づけるわけではなく、ただの雪かきです。
雪こぎ 踏まれてない雪を歩くことです。雪の中で自転車にのるわけではありません。
雪ほり 雪を掘ってかまくらを作るわけでもなく、雪の中から野菜を掘り出すわけでもありません。雪下ろしのことです。

方言ではありませんが、テレビのインタビューで「雪疲れ」と言っている方がいました。個人的にはこれがぐっときました。
雪疲れも取れたので、もう少しマメに更新します。

雪国あるある雪道運転編

窓から見える景色がすっかり冬らしくなってきました。田畑や山が雪に覆われています。今年は雪のシーズンが少し早いようです。雪景色はきれいですが、他所から来た者にとっては運転が悩ましいところです。今日は雪国あるある雪道運転編を考えてみました。

  • タイヤを年に2回履き替える

雪国では基本的なことですが、多くの日本国民はこのことを知らないと思います。初めてスタットレスを買った時私は1年中使えると思っており、春になったらまた取り替えると聞いてびっくりしました。県外の友人に「新潟県で働いている」と言うと「毎日チェーン付けるの大変だね。」とよく言われます。(女性どころかおっさんにも。)

最近は首都圏でもモチロンギュとかスタットレスタイヤのTVコマーシャルをしていますが、雪がめったに降らない場所で年2回もタイヤを取り替える奇特な人はそうそういないと思います。タイヤメーカーにはそれより雪道やアイスバーンに使えるオールシーズンタイヤを開発してほしいものです。夏冬タイヤ合計の価格でも売れるのではないでしょうか。

  • 路側帯が広い

路側帯は除雪した雪の置き場のために広くしてあるのだと思いますが、時々車線ほどの幅がある広い路側帯に出くわします。

路側帯

 

 

これ片側一車線道路です。

雪の無い季節は車線と思って入ってしまうことも。また路側帯に雪が高く積みあがると右左折時に右から来る車が見えず、なかなか曲がれません。

  • 四駆

4WDはジープやSUVだけだと思っていませんか?こちらでは乗用車やKの四駆が普通に走っています。轍にはまった場合やスリップには四駆が強いそうです。もっとも私は長岡のディーラーさんに二駆で充分と言われ、二駆を買いました。今のところ特に困ったことはありません。

  • 転落車を一冬最低3台は見る

冬の初めや、道が凍っている日は、田んぼや土手などに転落している車の発見率が高いです。ひと冬最低3台、いや5台くらい。気の毒とは思いますが、もはや驚きません。最近は「○○交差点の手前の田んぼに転落車がありましたね。」「ああKが横転してましたね。」なんていう朝の会話が、冬の風物詩の様な気さえします。もちろん第一発見者の場合はそれなりの対応を取る必要があります。

  • 知っている道でも迷う

雪が積もると風景ががらりと変わるので、知っている道でも間違えてしまいます。冬山登山者が山小屋まであと一歩のところで遭難して亡くなってしまったという話を聞いたことがありますが、理由は同じだと思います。雪の積もった家は皆同じに見えるし、遠くの景色は見えないし、ここはどこだ?そんな時カーナビは本当にありがたい存在です。

  • 上下左右が白い日

吹雪の朝の田園地帯で、空は真っ白、雪で踏み固められた道路も左右の雪の壁も白、景色も吹雪で真っ白で、すべての境目がわからなくなることがあります。いわゆるホワイトアウト。前の車のテールランプを頼りに走るしかないのですが、先頭の車が間違えて田んぼに飛び込むと、後続車も次々飛び込んでしまうといわれています。初めて視界が白一色になった時は、何かの間違えで違う惑星に来てしまったのかと思いました。

さてこんな時どうしたら良いか、タクシーの運転手さんに聞いたところ、サングラスをかければいいと教わりました。不思議と道路と壁や、壁と空との境目が見えます。さすが。

言うまでもありませんが事故や渋滞も多いです。雪道は極めて慎重に運転しようと、心を新たにしました。

サッカー観戦

冬が急にやってきた感じです。日曜日は長岡にもかなり本格的な雪が降りました。

さて、週末アルビレックス新潟の試合観戦に行ってきました。この日もしとしと雨が降る寒い日でしたが、選ばれしアスリートのライブ観戦は、エネルギーをもらうことができます。

ビックスワン171118

ビックスワン171118-2

アルビはJ1残留をかけたこの試合に勝利しましたが、残留を争う他チームが勝ったため、降格決定。残念ですが勝負の世界です。

さて、試合のあったデンカビックスワンスタジアムは、車で来る観客が多いので付近にいくつもの公営の駐車場や、畑をつぶして作ったような個人経営の駐車場があります。

観光地の駐車場でぼったくられた経験があるため、今回少々警戒しながら個人経営の駐車場の一つに車を止めましたが、そこは価格がリーズナブルだけでなく、何とたくさんの柿を頂きました。カキはアルビレックスカラーです。いやがおうにも盛り上がる気分でスタジアムに向かいました。

次いつスタジアムに行くかわかりませんが、またあのおばさんの駐車場に車を止めるのは確実です。このちょっとした付加価値が差別化と顧客ロイヤルティを生むのだなあと教えられた日でもありました。